学びの実践:論語からDXへ、
リーダーの成長が組織を幸福へ導く

  • 50代
  • 鉄鋼アルミ事業部門 技術企画部担当部長(マネジメント職)
  • 会社員
  • Before

    職業 技術企画部担当部長

    役職 会社員

  • After

    職業 技術企画部担当部長

    役職 会社員

取材にご協力いただいた方 酒井英典さん

国内では工場長を、中国では現地法人の設立に関わり、総経理(社長)を務めた経験を持つ酒井英典さん。
異文化の環境で日本では経験のない出来事も多くありましたが、論語を学び、中国人スタッフたちとコミュニケーションを取りました。
現在は神戸本社(鉄鋼アルミ事業部門)で、社内やグループ会社のために、安全衛生、環境防災、品質、TQM面での管理と改善支援を行っています。
今も通勤時間に学びつつ、周りの人たちに対しても「学びたいことをぜひ見つけて、仕事との接点を探してほしい」と語っています。

早くから管理職に、プレーヤーからマネージャーへ意識を転換

大学では材料系の研究室で修士を修め、修了後は株式会社神戸製鋼所(以下、神戸製鋼)へ入社。同社の主要製品である線材製品(ワイヤーロッド)製造の技術者として、キャリアをスタートしたのが酒井英典さんです。

学生時代からずっと理系、入社後も一技術者として酒井さんは専門分野を学び続けていましたが、30代半ばになり管理職に就くと、マネジメントを学び始めました。

「研修では『プレーヤーのままではいけない。マネージャーとして勉強しなければ』と言われました」

当初は、第一線の仕事もマネジメントも両方行うプレイングマネージャーとして動き回っていましたが、30代後半、工場長(室長)となり約200人の部下を持つようになると、その安全や生活を守っていく立場として、マネジメント力を磨かねばと思ったそうです。

「皆さんには幸せになってほしい。そのためには、自分がしっかりと学ばなければいけないと思いました」

当時は、オンラインで隙間時間に学べるような環境はなく、仕事も忙しかったため、「学ぶ」ことといえば、会社の研修でマネージャーとしてのスキルを磨くことに留まっていたそうです。

しかし、数年が経ち気持ちに余裕を持てるようになると、酒井さんは自ら「論語」を学び始めます。

「『古典を読んで人間力を高めるのがよい』と、勧められたのが論語でした。意味がわからなくとも、どこからでもいいから読めばいいと。本格的に学ぶきっかけになりました」

講義に出席したり関連する書籍を読むなどしていましたが、その経験は意外な形で実を結びます。

数年後の2012年、酒井さんは中国の現地法人の設立に関わり、総経理(社長)となったからです。

論語を学べば、中国で日本の文化やモノづくりを伝えられる?

「会社設立準備や手続き、銀行口座の開設、土地購入などなど、すべて技術屋としては経験したことのないことばかりでした。もちろん、コンサルタントのアドバイスをいただきながら進めますが、董事会の決議を最終的に実行するのは社長の私の仕事です。不慣れな環境の中での立ち上げ業務は、かなりのプレッシャーでしたね」

酒井さんが立ち上げたのは、神戸製鋼が作る素材をさらに加工し、中国の部品会社向けに販売する製造会社でした。

製造や加工のノウハウには日本で蓄積された技術があり、長くエンジニアとしてやってきた酒井さんにとってはなじみのあるものでしたが、会社設立のための手続きや申請、政府関係者との折衝などについては、中国の法律や慣習を把握しなければなりません。また、苦労して会社を立ち上げてからも、現地での人材の採用や処遇、指導の方法には苦労したそうです。

日本の慣習やルールをそのまま持ち込むだけではうまくいきません。特に2012年は、中国国内での反日感情が高まっていた時期でした。

「日本にならえ」とはとても言えず、酒井さんは、自分が学んできた論語の活用を思いつきます。中国での出来事と、論語で書かれている内容に重なるところがたくさんあったのです。

酒井さんは再び論語を読み直して、どの章句を伝えることが効果的か考えました。週に一度、中国人スタッフも参加する勉強会を開き、論語の素読(中国語)や章句の内容の紹介を通じて、仕事への取り組み姿勢や品質への考え方など、日本のモノづくりについても伝え始めました。また、日本のモノづくりの土台になっている日本の文化は、儒教の影響を多大に受けており、それは中国からもたらされたものと説明しました。

「孔子と弟子とのやり取りに出てくるような出来事が、社内でも現実に起こっていました。そのままにしておくわけにはいきません。しかし、だからといって日本のルールに従えと言っても解決しません。そこで、中国の大先輩の孔子がこう教えている。そう説明すると、皆さん腹落ちしてくれました」

自分で経験した中国人スタッフとのやりとりを思い浮かべながら、書籍を読み直したり、ネットで検索したりして、ぴったり当てはまる、孔子の言葉や弟子の行いを拾い出します。それをもとにまた一つのストーリーに組み立て直し、勉強会で披露していきました。

論語を知らず、時には反論もする中国人スタッフも、酒井さんが辛抱強く続けていくことで、徐々に耳を傾けるようになりました。

日本の話もしやすくなり、日本を代表する経営者、稲盛和夫氏を紹介すると、「原書(日本語)で読んでみたい」というスタッフも現れたほどです。

「うれしかったですね。国境や文化の差はあっても、それを超えて通じ合うことができるんだなと実感しました」

自分の引き出しを増やしつつ、自分の経験を伝えていく

2022年春、酒井さんは神戸の本社に異動となり、現在は、技術企画部の担当部長として、部下5人と共に、安全衛生、環境防災、品質、TQMなどの管理と改善を、社内はもちろんグループ会社に浸透させるべく、その支援指導を行っています。対象となる拠点は23にのぼります。

「私のところは、こんな災害が起きましたとか、こんな問題が起きましたという報告があがってきて、それをなんとかゼロにしようとする部署です。しかし、グループ会社からすれば、本社からの指示があり、報告しなければとなりがちですし、ともすればよい情報ばかり入ってくることにもなりかねません。たとえ悪い情報であっても、問題が大きくなる前に何でも相談してもらえる間柄にならなければ……。難しい課題ですね」

言いにくいことでも言える環境を作るため、現在、酒井さんは心理的安全性について学んでいます。また、コーチングやリーダーシップを学ぶのは、自身のためでもありますが、支援対象の各拠点の担当者に勧めたい気持ちがあるからです。DXの推進は、今ではどこの拠点でも大きな課題のため、酒井さんはローコードも勉強しています。

「自分でプログラムをバリバリするわけではありませんが、こんなアプリがあれば、こんなことができる。引き出しを増やして、そんなことを伝えられればと思っています」

かつては書籍でひたすら独学するしかありませんでしたが、今はオンラインで豊富な講座を受講できます。酒井さんは、通勤時間を利用して、自分のスマホでUdemyの講座を観ています。

隙間時間を利用できるようになり、「大人の学び」のチャンスは広がったそうです。

「これまで私がずっと経験してきたことは、あるポストに就けばこの研修をと、会社が用意する『学び』でした。でもこれからは、こんなことをやりたいというwillやwantを、学ぶことでcanにしていくこと。そしてmust--仕事とのつながりを見つけていくことが大切だと思います。やりたいことを100%するのは難しいでしょうが、10分の1でもできれば、残りの10分の9を頑張ることができます。自分の経験でもそうでしたから」

「学ぶ」ための新しい手段と、自分の意志で「学べる」環境が広がっていくことで、一人ひとりがこれまでにはなかった大きな成果を得ていくはず――酒井さんは、自分だけでなく周りの人たちの新しい「大人の学び」に、大きな期待を寄せています。

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